2007年07月09日

新世界

論文は結果的にあきらめざるを得ない結果となりました。

初期的な段階でミスをしていたのを気づくことなく、研究を重ね、気づいた今では「時すでに晩し」。

いままでは、あと数日あるなら出来るところまでやってみよう!

っと意気込み、無茶苦茶な内容であっても“(論文を)提出する”という目的をもち果たしてきました。

今回は違います。

なぜか・・・。。なぜか、そんな気になりません。。

今回の論文は、自分のなかでの目標は何だったか?

やはり、“提出”だったでしょう。

じゃあ、なぜ目標をあきらめたか・・・



やっているものがバカバカしく思えたからです。

提出のその先に何があるのか

見栄だけです。

これまでも見栄だけでした。。。

この見栄のために、嫌な人と時間を共有し、嫌味を言われる。

そして、この見栄は今のところ、何の役にも立っていません。

自己満足です。。。


もう一度。

なぜ、あきらめたのか。。


確かに、疲れました。

目的のさきにあるものが、何もないと判断しました。

これまで、こんなに自覚的に物事をあきらめたことは人生で3回目です。

小学校のマラソン大会、製図の授業、今回の論文・・・

これまでの経験上、このような体験をすると人生が変わってきました。

あまり良くない方に。

このように書くと、今すぐ論文を書かなければならない気持ちになりますが、もうあきらめているため書きたくありません。

じゃあ、過去2回と何を変えるか。。

もう分かっています。

今から“まったく別のこと”をやるのではなく、“別のことメインで、少し論文を書きます”

なぜなら、2月の終わりにも必ず論文提出しなければならないから。

このように、“まったく別のこと”にすべての時間を使うことなく、“別のことメインで、少し論文を書くこと”は初めて体験することです。

さーて、この判断が 吉 か 凶 か。


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